The Da Vinci Art Project vol.07
Vietnam Art Exploration Report
ベトナム視察レポート
― 水・石灰岩・王朝・交易・信仰が織りなす「東南アジア文明の身体」を巡る ―
ベトナムという国は、単一の民族史や王朝史だけでは語ることができない。
北部には中国文明との長い接触と独立国家形成の歴史、中部には海洋交易によって多様な文化が交差したホイアンと、最後の王朝・阮朝の都フエ、そして南部には植民地時代、戦争、近代化を経て巨大都市へと変貌したホーチミンが存在する。
つまりベトナムは、東アジア、東南アジア、西欧文化、そして近現代社会が南北に重なった「文明の縦断面」ともいえる。
今回の The Da Vinci Art Project では、ハノイからハロン湾、チャンアン、ダナン、ホイアン、フエ、ホーチミンへと南下した。
そこには、長大な時間が造形した自然、王朝が築いた都市、交易による文化融合、信仰、植民地建築、そして現代都市の速度が共存していた。
トルコ視察が「東西文明の交差点」を読み解く旅であったとすれば、今回のベトナム視察は、
「水・自然・身体・王朝・交易によって形成された文明の流れを追う旅」
である。
医学・科学・芸術・文明史を横断する視点から、ベトナムという国家を一つの巨大な生命体として観察した。
中部国際空港からハノイへ。
ハノイには、王朝、植民地支配、革命、そして現代社会という異なる時代の記憶が幾層にも重なっている。
その象徴が世界遺産タンロン皇城遺跡である。
長く政治の中心であり続けたこの場所を見ていると、都市とは単なる建築物の集合ではなく、権力と記憶を蓄積する身体であることに気づく。
人体が骨格、筋肉、血管、神経、皮膚の層によって形成されるように、都市も過去の構造の上に新しい時代を重ねながら存在する。
タンロン皇城は、いわばベトナムという国家の「骨格」である。
ホーチミン廟では近代国家の記憶に触れ、ホアンキエム湖、旧市街、ハノイ大教会では、東洋と西洋、歴史と日常が同じ都市空間に共存する姿を見た。
特にホアンキエム湖の水面は、都市中心部に残された大きな「余白」である。
絵画の余白、人体の体腔、宇宙の空間と同じように、空白もまた構造を成立させる重要な要素なのだと感じた。
世界遺産タンロン皇城遺跡
旧市街、ハノイ大教会ハロン湾では、海面から立ち上がる無数の石灰岩峰を船上から視察した。
ここで岩を彫刻したのは人間ではない。
水、雨、海、地殻変動、化学反応、そして時間そのものが彫刻家である。
巨大な岩峰も洞窟も、石灰岩が水によって溶解・侵食され、途方もない時間をかけて形成された。
洞窟内部の鍾乳石には、人間の制作速度とはまったく異なる、
「地球の制作速度」
が存在している。
The Da Vinci Art Project で使用してきた鉱物、宝石、化石、隕石もまた、地球や宇宙の時間を内包する素材である。
ハロン湾で感じたのは、
自然とは完成された作品ではなく、今も制作が続いているプロセスそのもの
ということであった。
取引先 グアンさんに連れて行って頂いた地元スイーツ店のスイーツ
ハロン湾
ハロン湾の鍾乳洞内
ベトナム戦争で枯葉剤による障害者の絹糸のアート創作ニンビン省チャンアンでは、小舟に乗って石灰岩の山々と洞窟を巡った。
ハロン湾が「海から立ち上がる石灰岩の彫刻」であるなら、チャンアンは水、山、人間生活が一体化した景観である。
舟は水路を進み、暗い洞窟へ入り、再び光の世界へ出る。
光と闇の反復は、呼吸、心臓の収縮と拡張、覚醒と睡眠など、生命のリズムを連想させる。
自然界には直線よりも「循環」が多い。
ダ・ヴィンチが水流と人体を同じ自然法則の中で観察したように、私も水の流れと身体の循環を切り離して考えることができない。
水路は、いわば地球の血管である。
その後ダナンへ飛び、夜ホイアンへ。
北部から中部へ移動すると、建築、生活、食、気候など、文明の表情そのものが変化していくことを実感した。
手漕ぎボートによる世界遺産・チャンアンクルーズ
ホイアン旧市街のアート店
灯篭流し世界遺産ホイアン旧市街は、かつて国際交易港として繁栄し、日本、中国、ベトナム、東南アジア、西欧などの文化が交差した場所である。
その本質は、単なる古い町並みではない。
異なる文明が接触し、新しい文化を生み出した痕跡である。
交易によって移動したのは商品だけではない。
宗教、食文化、建築、技術、言語、思想も移動した。
つまり交易とは、物質の移動であると同時に情報の移動でもある。
日本橋は、その文化交流を象徴する存在である。
橋は二つの離れた場所を結ぶ。
The Da Vinci Art Project が医学、科学、芸術、AI、テクノロジーを接続しようとするように、「橋」は異なる世界をつなぐ象徴ともいえる。
夜にはランタンが街を照らし、その光が川面に揺れる。
建築そのものは同じでも、光によって都市の表情は大きく変わる。
人工の光と水面が作り出す、一瞬だけ存在する作品。
ここで改めて、芸術とは物質だけではなく、光・時間・空間・見る者との関係によって成立するものだと感じた。
ホイアンナイトマーケットダナンから統一鉄道でフエへ。
窓の外を海、山、集落が流れていく。
高速移動では失われる「土地の連続性」を、鉄道では身体で感じることができた。
フエは1802年から1945年まで阮朝の首都であり、王宮、寺院、帝廟には王朝文化の記憶が残る。
宮殿の門、軸線、庭園、壁、色彩は、目に見えない「権力」や思想を空間へ変換したものでもある。
建築とは、思想を立体化する技術である。
特にカイディン帝廟では、ベトナム王朝文化と西洋的要素が融合し、陶磁器やガラスを用いた装飾が巨大なミクストメディア作品のように広がっていた。
異なる時代、文化、素材を組み合わせ、新しい世界観を生み出す。
これは The Da Vinci Art Project の制作とも重なる。
「純粋性」ではなく、「融合」にこそ新しい美が生まれる。
ティエンムー寺
カイディントゥーム
フエ宮廷料理
空路ホーチミンへ。
ハノイやフエとは異なり、ホーチミンには圧倒的な「現在」がある。
バイク、高層建築、商業施設、広告、道路、人間の流れ。
都市そのものが高速で代謝している。
2階建てバスから街を見ると、道路、建築、人間の動きが一つの巨大なネットワークとして見えてくる。
医療でも、皮膚を見る視点、画像診断による視点、顕微鏡による視点では世界が異なる。
スケールを変えることで初めて全体像が理解できる。
都市も同じである。
一方、市場やスーパーマーケットには、観光地とは異なる文化がある。
何を食べ、何を買い、どのような色や香りに囲まれて暮らしているのか。
文明とは世界遺産だけに存在するのではない。
そこで生きる人間の日常と身体の中にも存在している。
ホーチミン市街
深夜ホーチミンを出発し、名古屋へ帰国。
7日間、北から南へ移動する中で、ベトナムという国家を一つの「文明の断面」として見ることができた。
ハノイでは国家の記憶。
ハロン湾では地球が造る彫刻。
チャンアンでは水と石灰岩の循環。
ホイアンでは文明の交流。
フエでは王朝と権力の空間化。
ホーチミンでは高速で変化する現代都市。
それらをつないでいるものは、
「流れ」
である。
• 水が流れる。
• 人が移動する。
• 物が交易される。
• 思想や文化が伝わる。
• 情報が移動する。
人体でも、血液が循環し、神経信号が伝わる。
生命とは固定された物質ではなく、絶えず変化する動的システムである。
生命とは流れであり、文明もまた流れである。
今回強く感じたのは、異なるものが接触することで、新しいものが生まれるということであった。
ハノイでは外来文化を受け入れながら形成された独自の国家文化。
ホイアンでは日本、中国、ベトナム、東南アジア、西欧を結んだ交易。
フエでは王朝文化と西洋的造形の融合。
ホーチミンでは歴史と現代の共存。
The Da Vinci Art Project でも、医学、人体、AI、電子回路、宝石、化石、隕石、古代ガラスなど、本来異なる領域の素材と概念を一つの作品へ統合してきた。
異質なものを接続することで、新しい意味が生まれる。
今回のベトナム視察は、その制作思想を改めて確認する旅でもあった。
水 ― The Flow of Civilization
今回の旅を象徴するものは「水」である。
• ハノイの湖。
• ハロン湾の海。
• チャンアンの水路。
• ホイアンの川。
• フエの香江。
水は姿を変え、岩を削り、物を運び、生命を維持する。
身体もまた、水を主体とする動的システムである。
文明も、人間、物質、思想、情報が流れ続けることで形成される。
この 「Flow」 は、今後の The Da Vinci Art Project における新たな造形テーマになり得る。
石 ― Memory of the Earth
ハロン湾とチャンアンの石灰岩。
そしてフエに残る王宮や帝廟。
そこには「自然が造った時間」と「人間が造った時間」が存在している。
岩石には地質学的な時間が記録され、建築には人間の思想、権力、美意識、技術が記録される。
石とは、時間を保存する記憶装置である。
私が作品に鉱物、化石、隕石を使用する理由もここにある。
それらは装飾ではなく、
地球、生命、宇宙の時間を作品内部へ封入する素材なのである。
光 ― Transformation of Perception
ホイアンのランタン、水面への反射、寺院や宮殿の光と影、ホーチミンの夜景。
光は物質そのものを変えない。
しかし、その見え方と意味を変える。
人間も、外界から入った光を神経信号へ変換し、脳の中で「世界」を再構築している。
つまり芸術とは、物を制作するだけではなく、
人間の知覚を設計する行為なのかもしれない。
文明の身体
今回の旅を終えて、ベトナムという国そのものが巨大な人体のように感じられた。
• 道路は血管。
• 川は循環器。
• 都市は臓器。
• 寺院や宮殿は記憶。
• 市場は代謝。
• 通信網は神経。
• 人間は細胞。
そして文化は、それらを統合する「意識」である。
生命も文明も、多数の異なる要素が互いに接続し、情報交換することで維持される。
The Da Vinci Art Project が目指しているのは、
その複雑な接続構造を芸術として可視化すること
なのだと思う。
Leonardo da Vinci にとって、人体、川の流れ、筋肉、機械、鳥の翼は別々の研究対象ではなかった。
すべては同じ自然法則が異なる形で現れたものであった。
今回ベトナムで見た、
水、石、都市、王朝、信仰、交易、光、そして人間。
それらもまた、一つの巨大なシステムの中でつながっている。
ART × SCIENCE × MEDICINE × HISTORY × NATURE
これこそが The Da Vinci Art Project が追求する世界である。
今回体験した「文明の流れ」を、今後、樹脂、鉱物、宝石、電子回路、古代素材、光、そして人体の形態を融合した作品へと昇華させていきたい。
文明は静止した遺跡ではない。
文明とは、人間という生命を媒介として過去から未来へ流れ続ける巨大な生命体である。
Nobuhiro Suetake, M.D., Ph.D.
August 2026
